IT需要と経済
中山幹夫, Cマガジン2002年11月号, pp.22-23, 発行 キャノン販売 広報部, 発行部数 12,000部
知っておきたい経済の話 『IT需要と経済』
「lT革命」という言葉がマスコミをにぎわしてから2年。長引く不況の中で、いつしか耳にしなくなった「lT革命」とはいったい何だったのか。それによる景気回復は失敗に終わったのだろうか。「lT不況」とまで言われる現状を分析し、関連需要創出の可能性を解説します。
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以下に内容を転載 (小タイトルを追加)
1.IT革命だと思ったらIT不況
政府が経済回復の切札として「IT革命」を政策の主要課題にのせてから約2年がたちました。そもそも「IT革命」とは何を指していたのでしょうか。総理府に設けられた「IT戦略会議」によれぱ、コンピュータネットワークを中心とするIT(情報通信技術)の発達・普及が、社会経済システムを大きく変化させることが予想され、新しい雇用や事業を創出する。一方、行政においても電子政府を実現し、無駄を省き、効率的な小さな政府をめざす。この「IT革命」を官民一体となって推し進めることで、日本経済を浮上させるというものでした。
光ファイバーの整備や学校等へのパソコンの設置に予算が組まれ、情報通信技術関連企秦の株価が上がり、ITバブルとまで言われました。「構造改革」という言葉が政策の中心になってからは「IT革命」という言葉はほとんど聞かなくなりました。たまに聞くのは「IT不況」という言葉ばかり。一時の熱狂が嘘のようです。
2.コストダウンや効率化ばかりでは何も生まれない
私は現在、大学でIT関連の情報教育について研究をしています。私自身、「IT」という一言葉は、あと数年でなくなる、死語になると考えています。しかし、それは「IT革命」が失敗に終わったとか夢幻であったから、というわけではありません。ITは、その普及段階を終え、すでに人々の日常に深く関わり、大きな変化をもたらし始めているのです。社会の基盤でITが機能すれば、特別な言葉で意識することもなくなります。
ではなぜ「IT不況」などという言葉がまかり通っているのでしょうか。ITという言葉に誰もが理解しやすい日本語が当てられていないのと同じように、ITの本当の可能性を多くの人が気づいていないからだと思います。企業はITの導入を「コストダウン」や「効率化」といった、とても狭い目で見ています。産業革命以降の技術革新の延長線上にITの使い道を考えているのです。しかし省力化や効率化をもたらしたかつての技術革新は便利な反面、全てがマニュアル化された環境の中で、人間が機械に働かされているかのような労働環境を作りました。しかし、ITはこうしたマニュアル的な部分を人間ではなくシステムにまかせ、その結果、人の本来持っている感情、やる気、個性といったものが情報、サービス、ビジネスの前面に出て行くことを可能にするものなのです。
これからは物ではなくサービズを売る時代になります。しかし「IT革命」に伴うビジネスを「とにかくコンピュータと関連商品を売って、ネットワークにつなげる」ことと考え、どちらかと言えば一次需要の部分にカを入れてきたために物がひと通り普及した時点で、もう売る物がなくなってしまったのです。
実際、私たちは、日常生活の中で物を買うことだけにお金を使っているわけではありません。では何に使っているかというと情報やサービスに対してです。たとえば、お隣の韓国はIT先進国です。政府主導の環境整備が早くから行われ、ブロードバンドの利用者は日本の2倍と言われています。人口が日本の約半分だということを考えれば、その普及率は4倍の規模になります。物を売ることばかり考えていた日本は、すでに大きく出遅れてしまっているにもかかわらず、その現状を「IT不況」と嘆いているわけです。
3.多くの企業のホームページはまるでテレビ画面
「物を売る」という企業主導の経済は大きな転換期を迎え、これからは物を「使う」人の意見が主導権をにぎっていく時代にすでに入っています。そうした中でやりとりされている情報やサービスに目を向けないと、IT需要の本当の姿は見えてきませんし、需要の創出もできないでしょう。
そのためには「使う人」の意見を、企業がくみ上げていく流れを作らなければいけません。作る人が使つ人の能力や意見をかき集める、ITはそうしたことも可能にします。
消費者は何かを買おうと思ったならネット上で情報を収集し、分析し、他の利用者の意見まで事前に知ってから店頭に行きます。商品知識は十分にあるのですから、後は価格が判断基準となります。けれど決して「安い」から買うわけではないのです。使う人のアイデアや消費者間の活発な意見を活用せずに、結果の部分だけを見てコストダウンと価格競争のみを追求すれば、ますます消費者の二ーズから遠のくことになるでしょう。
インターネットがここまで普及しているのに、ほとんどの企業が上手に活用していないように思います、いろいろな企業のホームページを見ても、一方的な発信が多く、まるでテレビを見ているようです。せっかくの双方向のツールなのに、せいぜいメールアドレスが小さく出ているだけで、顧客の声や意見を求めているようには感じられません。
4.ITビジネスのかなめは顧客とベテラン
人は直接的な利益だけではなく、楽しみや満足感を得るためにも動くものです。たとえばインターネツト上には匿名の膨大な掲示板があり、ほとんどの企業について意見が交換されています。多くは誹謗中傷のたぐいですが、中には有意義な意見もあるのです。しかしあの中からそれを拾い出すのは困難です。企業が積極的にドアを開ければ、消費者の声は自然と集まるでしょう。まして自分のアイデアが製品開発やサービスに活かされたなら嬉しいと感じます。社会に参加しているという満足感が得られるわけですから。
企業内部においてもIT化は一人ひとりの満足感を生み出します。限られた製品、プロセスの一部だけを担当するのではなく、企業全体について見渡せ、自分の仕事のポジションを把握することで責任感も生まれます。ひとつの仕事に様々な人からの意見や提案がよせられ、トータルな判断も可能になり、個々人の能カは飛躍的な成長をとげるでしょう。
IT化に伴つ効率化により生まれた人員という「余力」をサービスにつぎ込めば、今までの何倍もの満足感を顧客に与えることができ、さらなる需要を喚起し、拡大再生産型のビジネスヘと伸びていくでしょう。特に重要になっていくのが「ベテラン」という人材です。顧客の気持ちを肌身で知っているベテランに時間を与え、顧客対応の前面に立たせて活用する。そうした人々のやる気は、他の社員、特に若い人たちに将来への希望と仕事への誇りを持たせ、企業の活力を生み出します。消費者にも企業人にもビジネスを通じて満足感を与えることを可能にするのが「IT」なのです。
2002.12